心に降る闇色の雨01


 静かに、雨を降らせた。血の色の雨。その色は心にぐっしょりと染み込んで、紅い皹(ヒビ)を
作る。その皹の奥に覗くのは、底知れぬ闇の奈落。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 静寂に満ちた書斎。あるのは、壁一面を覆う書架の前で、ソファーにゆったりと腰掛けた少
女がページをめくる音だけ。
 敵に対しては射抜くような鋭さを見せる蒼い瞳も、今は物静かに文字を追っている。
 背の半ばまで届く髪は、瑠璃を思わす深い青色。前髪が眉にかかる事を嫌って、根こそぎ後
ろへ撫で付けてバレッタで押さえ込んでしまっている。
 やや大人びた、ほっそりとした体躯は、ページをめくる時以外、身じろぎ一つしない。
 整った白皙の面立ちには感情がなく、まるで麗人の人形のようだ。身に纏っているのは典雅
なドレスではなく、夕凪中学の制服のままだが。
 まだ日の残っている時刻。だが、大きな窓の向こうで青々と葉を繁らす木に遮られ、書斎の
中は薄暗い。
 耳が痛くなるほどの静寂に沈んでいた空気が、わずかばかり乱れた。書斎の古びたドアが音
もなく開けられる。するりと滑るみたいに入り込んできた人影は、ソファーの少女と同じく制服
姿。
 やはり音もなくドアを後ろ手に閉じた少女の紅い瞳が、読書中の少女を捉えて、眼差しを細
めた。鮮やかな赤い髪は、肩に届かない程度のショート。その下で、艶(えん)のある笑みが彼
女の口元をかすめる。
 ソファーの少女と並んで見目麗しく、身に帯びた雰囲気も似かよっている。
 一歩一歩、足音も立てず、空気も乱さず。猫を思わすしなやかな動きで、ソファーの後ろへ回
り込む。暗殺者のように気配を消したまま、両腕を目前の少女のカラダに絡め、背後から顔を
近づける。
 唇は妖しく色付きながら、もうひとつの唇を狙い、その距離を縮めていく。
 刹那、ソファーの少女の手から本が離れた。同時に、背後の少女の体が宙を舞う。
 タンっ。
 背中からフローリングの床へ叩きつけられるはずだった体が、両脚のつま先で軽業師のごと
く支えられる。支点は、そのつま先と、完全に極められた左手の手首のみ。
「……このまま折ってみる?」
 ややハスキーな声。
 逆さまになった視界で、霧生満がイタズラっぽく微笑みながら、霧生薫に問うた。
「…………」
 薫は、無言でその手を放り出した。支点がつま先だけになった満の体が重力に逆らい、ブリ
ッジの要領で軽やかに身を起こす。
「読書の邪魔だったかしら?」
「…………」
 薫はやはり無言。 
 満が微笑みながら、窓を背にした樫作りの書斎机に尻を乗せた。胸の下で腕を組んで、ソフ
ァーの薫へと挑発的な視線を送ってみる。まだ中学へ通う少女にしては、随分と色気を誘う仕
草だった。
 薫が、わずらわしげに溜め息をついた。ソファーから腰を上げ、本を書架へと戻す。そして、
期待を帯びた満の視線を無視して、書斎を横切り、ドアへと向かう。
 途端に満の表情が曇って、焦った声を絞り出した。
「ちょ…ちょっと薫ぅぅ」
 振り向いた薫は、いつもどおりの変わらない表情で、もう一度、溜め息をついた。
「……くだらないものは買わないようにって言ったはずだけど?」
 薫の冷ややかな視線の先は、満が腰掛けた書斎机の上。その眼差しを追って、満が目線を
下ろすと、最近、隣の市を騒がしている連続殺人をスクープした週刊誌が置いてあった。昨
日、自分が買ってきて、ここに読み捨てたままにしてあったものだ。
「これぐらい別にいいじゃない。たいした出費じゃないでしょ」
 軽く微笑で流そうとする満に、生活費の管理を任されている薫がピクッと眉を跳ね上げた。

 霧生満と霧生薫。この『緑の郷』で、精霊たちの祈りによって新生を迎えてから数ヶ月。ダー
クフォールの戦士としての業(ごう)を断ち切った満と薫は、元プリキュアの日向咲や美翔舞と
共に『ニンゲン』として学生生活を楽しんでいた。
 生活費に関しては、かつて水下という偽名で色々な商売に成功して稼ぎまくっていたミズ・シ
タターレの預金口座から必要な額だけを引き出してやりくりしている。無論、引き出した分は、
二人が職につける年齢に達してから一緒に返していくつもりだった。たとえ、相手が既に闇に
還って、この世界にはいないとしても。
 他人のお金で贅沢をするような二人ではない。
 現在満と薫が住んでいる古びた家も、郊外の山奥にて買い手が無く寂れていた安い物件
だ。書架にぎっしり詰められた大量の本は、前所有者が残していったものである。
 手に入れた新しい生活は、静かで、質素で、薫は気に入っていたが……。

(満には少し刺激が足りないのかもしれない。でも…)
 読書前に週刊誌をパラパラと覗き見ていた薫が、扇情的とも言える記事の内容を思い出し
て、彼女を注意した。
「それの金額じゃなくて、中身を問題にしているの。まさか、殺人なんてくだらない事件(もの)に
興味を持ったの?」
 言った途端、週刊誌が薫の顔面目がけて、物凄い勢いで飛んできた。避けた薫の背後で、
週刊誌が激突したドアが大きな音を立てた。そして、それが床に落ちるよりも早く、鞭にように
しなり、刀のように重い満の右ハイキックが、薫の側頭部を狙った。
 猛烈なスピードで叩きつけられてきた脚を、事も無げに左腕で防御する薫。
 殺気立った紅い瞳を、落ち着いた蒼い瞳が見返す。
「何のつもり?」
「別に。ただの遊び」
 右脚が素早く退かれ、旋風の如くその身が逆回転した。首筋を高速で刈り取りにきた後ろ回
し蹴りを、薫が右腕で受けつつ、蹴りの方向に逆らわず飛んで威力を殺す。
 着地時に、わずかに体勢を崩した隙を満は見逃さない。瞬時に大きく力強い一歩を踏み込
み、腰を入れた抜き手の突きを繰り出したが ―― 。
「……ッ!」
 打突の衝撃に全身を硬直させたのは満。薫が半歩の踏み込みで生んだ回避と同時に繰り
出した迎撃の拳、俗に言われる崩しの拳が満の腹部を打ち抜いていた。
「どんな名刀の一撃も、殺気で攻撃の筋道を教えながら斬りかかってくる以上、わたしに届くこ
とは無いわ」
 両ひざを折って床へ崩れようとしている満の身体を、薫が片腕で抱き支える。だが、満は両
腕を弱々しく持ち上げて、薫の身体を引き離そうとした。
「はぁっ…くっ……」
 腹部にジワリと灼けるみたいに沁みつく疼痛。そのせいで歪みそうになる表情へ無理に笑み
を浮かべ、小馬鹿にした態度で薫を挑発する。
「ハッ、ごちゃごちゃ言ってないで、かかってきなさいよ」
 薫の白磁の面立ちは、無表情を刻んだままだ。ただ、蒼い瞳は苛立ちの混じった怒りを露わ
にしていた。満の首根っこを鷲掴みにして、彼女をソファーへと引きずっていく。
 満の肢体が乱暴にソファーの上に放り出された。そのカラダへ、薫が冷ややかな言葉を投げ
つける。
「あなたには一度、キツイお仕置きが必要なようね」
 薫がドアの前に落ちた週刊誌を拾って、わざと『バンッ!』という大きな音を立てて書斎机の
上に戻した。そして、いったん部屋を出るも、すぐに戻ってきた。
 ソファーから気だるげに上半身だけを起こした満が、薫の手にしている物に気付いて、「ふ〜
ん」と揶揄してやる。
「くだらないものは買わないように……じゃなかったの?」
「これはとても役立つものよ。あなたをしつけるための必需品だもの」
 淡々とした感情のこもってない声とは裏腹に、満を見下ろす蒼い瞳にたっぷりとこめられてい
るのは、慈悲を捨て去った女帝の威圧感。その容赦ない目つきが、満の背筋にゾクッ…と甘
美なほどに冷たい寒気を這わせた。
 薫が手にしているのは、犬用の首輪だった。金具で繋がれたリードを両手でしならせ、『パシ
ッ!』としごく。派手な音に注意を惹かれ、満の視線が、本革製の紅い首輪へと流れた。
(もしかして、わたしの瞳の色に合わせたのかしら……?)
 その思考が一瞬の隙。すかさず薫が無拍子で動く。満が抵抗するよりも速く、そのカラダを膂
力で制圧し、ソファーの上へうつぶせにねじ伏せる。逃げ出そうとする満に圧し掛かり、容赦な
く首輪を装着。リードをギッと引っ張り、ほっそりとした首を締め上げる。
「…ぐぅッ!」
 呼吸を潰され、本気で苦しそうな声を洩らす満。首輪のわずかな隙間に両手の指をねじ込ん
で、何とか呼吸を確保する。
 リードを引く薫の左手には、満の両手と拮抗するほどの強い力が込められていた。満が抵抗
を緩めれば、瞬時に喉が絞まってしまう。カラダを浮かして逃げようとするも、薫の左のヒジ
が、即座に首の裏に重く打ち込まれる。
(グッ…、薫……容赦なさすぎよっ……)
 首輪を引っ張る両手の指が、もう痺れてきた。
 薫の右手が伸びて、満のスカートをめくり上げる。健康的に引き締まった長い脚が露わにさ
れる。そして、それとは対照的に、ショーツの下のふくよかな丸み。
 満の太ももに薫の指が食い込む。力任せに薫の腕が動き、ソファーの上にひざをつく姿勢へ
と組み立てられる。上半身は、薫が左腕のヒジでソファーに押さえ付けたまま。
「腰を落とさないで」
 薫が満のショーツに指を引っ掛けて、グイッと上に引っ張る。ショーツが紐みたいに股間に食
い込んできて、満は慌てて腰を上げた。下半身だけひざ立ちになって、尻を高く突き出す格好
だ。
(ン……っ)
 満がキュッと両目を閉じる。頬に羞恥の赤みが差す。プライドの高い満にとって、ひどく屈辱
的な姿勢。しかも、力ずくで無理やり従わされている。
(もし、相手が薫じゃなかったら…………今頃は…………)
 そして、うっすらと両目を開く。ソファーへとこぼれる視線は、殺意に凍りついた凶気の紅。
 しかし、薫の手がショーツにかかり、それを一気にヒザまで引き下ろすや否や、その視線は
氷解した。
 薫の指の感触。肉付きのいい臀部が、ぴくんっ…と震える。
 指に続いて、今度は手の平の感触が来た。
 姿勢によって強調された尻肉の量感を愉しむみたいに、さわさわ……さわさわ……と、薫の
手が尻の表面を這い回る。
「んっ…ん……」
 くすぐったい悦楽に腰をもぞもぞ動かしながら、満も愉しみ始めた。
 愛でてくれているような、優しい手の動き。屈辱的な姿勢の事など忘れてしまう。
「…………」
 無表情に一考する薫。やがて、満の尻を撫でていた手がゆっくり持ち上がり……。
『ヒュッ!』
 空気を斬る鋭さで振り下ろされる。派手な音を鳴らして、手の平で満の尻を打ち据える。
「―― ッ!?」
 満は全身をビクンッッ!と強張らせて、目を白黒とさせた。尻に湧き上がった激しい疼痛で、
ようやくぶたれた事を理解する。白い尻の表面に、みるみる朱が差していく。
「薫……なにを……」
 やっとのことでそれだけを口にした満へ、薫は再び手を振り上げた。そして、さっきと同じよう
に振り下ろされる。
「―― ひうっ!?」
 クラッカーを鳴らしたみたいな『パンッ!』という小気味よい音に続いて、満の口から苦鳴が洩
れる。二度も容赦ない力でぶたれた尻は、痛々しい赤みと焼けるような熱を帯びていた。
「…………」
 薫は無言で無表情。真っ赤になってブルブルと震えている臀部へと手を伸ばす。
(―― ひっ!?)
 薫のひんやりとした指先が、熱くなった尻の表面に触れてきた。驚いた満は、ソファーについ
た両ひざをガクッと崩してしまう。
「腰は落とさないで」
 事務的な口調で薫がそう言い、下がった腰めがけて、力加減無しで腕を振るう。
『パァンッッ!』
 柔肉を打ち据える三度目の音が、満の尻で炸裂した。
「―― くぅっっ!」
  歯を食いしばって顔をしかめる満が、たまらず尻をかばうように姿勢を変えようとした。しか
し、薫はそれを許さない。左手に持ったリードをぐいッ!と引き絞り、満の喉を締め上げる。
 首輪の隙間に差し入れていた両手の指ごと喉がきつく絞まり、満は無呼吸状態に陥った。た
ちまち、酸素を求めて肺が喘ぎ出す。
 苦しげに開いた口は、喉を潰され悲鳴も上げられない。そこへ『ヒュッ』と薫が手を振り上げる
音。満がその音に過敏に反応した。
(こ…腰を上げなきゃ……っ)
 慌ててソファーの上に崩れていた下半身を持ち上げ……それを容赦なく打ち据える薫の手
の平。
 尻肉に弾ける四度目の音。電流を流されたみたいな痛みに耐え、満が太ももをがくがく震わ
せながら尻を高く突き出す。
 一秒…二秒…、フッと薫の手が緩み、満に呼吸を許した。
「はぁっ…はぁっ…」
 満が絶え絶えの呼吸を繰り返す。
 ジンジンと臀部で激しく疼く痛み。今もなお強制される恥辱の姿勢。満のプライドは、薫によっ
て力ずくで叩き伏せられたまま。
「もう……」
 やめて、と口に出かかった言葉を噛み殺す。満の勝ち気な気性が、こんな幼児に行うみたい
なお仕置きに屈するのを拒否していた。
(こんな痛み、いくらだって耐えてやる!)
 紅い瞳を屈辱に潤ませながらも、強い光を宿したその時だった。
「前座はこのくらいでいいかしら、満?」
 淡々と紡がれる透き通った声。それが満の背に冷水となって浴びせられた。満がゾッとする
間もなく ―――― 。
『パンッ!パンッ!!パンッ!パンッ!パァンッ!パンッ!!パンッ!……』
 火薬が炸裂するような音が、連続で満の尻肉を打ってきた。スパンキングの痛みで、たちま
ち皮膚と肉が焼かれるみたいに熱くなる。痛みの上に痛みを重ねて、なおも薫の手は一瞬も
休むことなく、満の尻をぶち続ける。
「―――― ッッ!! ―――― ッッ!!」
 気が付けば、声にならない苦鳴が満の口を割っていた。息も絶え絶えにソファーに突っ伏し、
嗚咽交じりに「ごめんなさいっ…」と洩らす。
 薫の手が動く気配。それだけで、満が(ヒィッ!)と心の中で叫んで、全身を強張らせた。だ
が、薫は優しい手付きで首輪を外しただけだった。
「お仕置きは終わりよ。顔を上げて、満」
 涙で濡らした目を見られるのが嫌なのか、満はじっと顔を伏せたままだ。薫がソファーの傍ら
にしゃがみこんで、満のあごの下に指を添え、強引に自分のほうへ向かせた。
「満、さっきは一体何を怒っていたの?」
 満は顔を背けようとしたが、あごに添えられた薫の指がそれを許さない。視線だけでも逃がし
て、薫と目を合わせないようにする。
(くだらなくなんか……ない)
 満の中で沸く殺意。今はただ静かに全てを心の奥に封じ込めておく。今夜こそ ―― 。
「満……」
「何でもないわ、いつもの気まぐれよ……つっ」
 ふふっ、と作り笑いを明るく顔にこぼして直後、臀部を焼く激痛に顔をしかめた。
「満、お尻をこっちに向けて」
 その薫の言葉に、満のカラダがビクッとおののいた。容赦のカケラも無いスパンキングが、満
の脳裏にフラッシュバックする。
「大丈夫よ、もうぶたないから」
 安心させるように優しく言って、満の髪に手櫛を通す。さらり、さらり、と指の間をつややかに
髪の毛が流れていく。先刻の鬼のような尻打ち刑を行った本人のものとは思えぬ慈しみに溢
れた所作。
「ん…っ」
 満がソファーからそろりそろりと下りた。めくれ上がったスカートの裾が、わずかに尻にかす
れるだけでも痛い。ソファーに両手をついて、じりじりと熱を持ったヒップを薫へと突き出した。
恥ずかしいのか、良く見ると尻肉の表面がふるふる…と震えていた。
「……これでいい?」
「そんなに腰を上げなくてもいいわ」
 フローリングの床に両ひざを着いた薫が、満の太ももの裏に優しく手の平を添え、軽く両ひざ
を曲げさせて腰の位置を落とす。それから、尻にかかりそうになっていたスカートを大きく捲くっ
てやる。 太ももの付け根に伸びて紐みたいになったショーツを食い込ませ、大きく突き出され
た桃尻を蒼い瞳が見下ろす。形、肉付き共に良いヒップは、視線に晒されただけでも疼痛が走
りそうなほどに赤々しく色付いていて、見ていて可哀想だった。
「お尻、こんなに真っ赤になって……。本当に痛そうね」
 薫が上半身を屈め、顔をゆっくりと満の臀部へと近づけていく。
「消毒してあげるわ」
 薫の唇が、そっと静かに尻肉へと降りた。上から下へ、ヒップの丸みに沿って『す―― っ』と
滑る。
「うぅっ…」
 痛みの上を這ったくすぐったさに、満が『ピクンッ』と腰をくねらせてうめいた。
「痛かった?」
 顔を上げて訊ねてきた薫へ、満が首をめぐらせて肩越しに悩ましげな視線を送る。答える声
には、戸惑いながらも喘ぎの色が交じっていた。
「ううん……よくわからないけど、たぶん……気持ちよかった」
「そう…」
 再び薫が顔を近づけてきた。痛みで火照った尻の表面に、薫の静かな息遣いを感じる。
 薫は舌で上下の唇を湿らせてから、さっきみたいに尻の丸みを唇でなぞった。
「あぅぅ……」
 満がきつく両目を閉じて、虚ろなうめき声を上げた。
 薫の唇は、羽毛を思わすほどの軽い触れ方で、しかもわずかな唾(つば)が潤滑油代わりと
なり、とても優しく満の尻を往復している。にもかかわらず、その程度の接触でも、尻肉に蓄積
された痛みが敏感に掘り起こされ、満を責め苛む。
「あっ……あっ……」
 腰を支える両脚が、ぴくっ、ぴくっ、と震える。薫の唇の動きは、あくまでゆっくりと、決してスピ
ードを上げない。時折動きを止め、唇を舐めて湿らせている。
 満の尻全体が、うっすらと薫の唾液にまみれた。しかし、薫はなおも唇を走らせ、薄く、薄く、
何重にも唾液の上塗りを続けた。
(なんだか……変な気分……。お尻、痛くて……でも、薫の唇……気持ちいい……)
 皮膚をじりじりと焼くような痛みと、皮膚を愛撫する優しい快感が、ない交ぜになって満の意
識を溶かす。
「……あっ、あっ、あぁ……んっ……」
 小さく開いた満の口から、喘ぎ声がこぼれる。
 薫の顔の動きに合わせ、満が突き出した腰をくねらせた。ソファーについた両腕から力が抜
け、横顔を背もたれに預けながら、うっとりと酔いしれる。
 はしたなく、股の間が熱く潤んでいく。すぐそばに薫の顔があるというのに、いやらしい蜜がた
っぷりと股間の奥に湧いている。
(やだ、あふれちゃいそう……。お願い、薫。こんなわたしをみっともないなんて思わないで…
…。お願いだから、軽蔑しないで……)
 ぴくんっ、ぴくんっと痙攣を交えたなまめかしい腰振りを続けながら、満が心の中で哀願した。
秘所の潤す湿りが、ショーツにじっとりと滲(し)みこんでいく。汗とは違う、生々しい臭い。すぐ
近くに顔を寄せている薫なら絶対に気付いている。
 しかし、薫は何も言ってこない。ただ、ピチャ、ピチャ……と尻で唾液の跳ねる音が寝室に静
かに響く。
(アッ…やっ…はずかしいのに……どんどん溢れてくるぅ……。薫が、わたしのイヤラシイ臭い
嗅いでるかもしれないのに……やだぁっ)
 その羞恥心すら淫らな悦びに置き換わってしまう。満の上気して蕩けた表情は、性的な快楽
にすっかり溺れていた。
 やがて、尻のふくらみにべったりとこびりついた自分の唾液を一舐めして、薫が顔を上げた。
そして無言のまま、おもむろに立ち上がる。
「イヤ……やめないで……」
 潤んだ目をうっすら開いて、満が切なげに声で訴えた。おねだりするみたいに突き出した腰
をくねらせて、甘えた声でねだる。
「薫の唇……すっごくいいの。ねぇ、もっと続けて……」
「…………」
 満の、発情した猫みたいな誘惑の仕草を放置して、薫が幅広いソファーの端っこにスッと腰
を下ろした。満がちょっと冷めた表情になって、「もおっ」とぼやいた。
「満、その今日は……」
 薫が顔と視線を真っ直ぐ前に向けてしゃべり出した後、言葉を無くしてしまったみたいに言い
淀んだ。いつもと変わらぬ生真面目な澄み切った表情。しかし、その白磁の顔へ微かに差した
朱の色を満は見逃さない。
 紅い瞳が微笑むように細められた。ソファーに上半身をごろりと寝かせ、その姿勢で自分の
制服に手をかける。その隣で、薫もしずしずと微かな衣擦れの音だけを立てつつ制服を脱ぎ出
した。