大空の樹の下で 02

「うぅ〜、痛った〜〜」
「何やってんだか、このコは…」
 頭の後ろをさすっている咲を見て、仁美が苦笑した。
「咲、もっとしゃきっとしなさい。いつまでもそんな調子だと……美翔さんに迷惑かけちゃうよ」
「…えっ?」

 いつの間にか風が止んでいた。葉擦れの音をそよがせていた“大空の樹”も、今はひっそり
と、二人の頭上に暗い影を落としていた。

「…わたしね、気付いてた。咲が自分の気持ち誤魔化しながら、わたしに付き合ってくれてるの
を。咲って優しいから、自分に嘘ついてでも、わたしを選ぼうとしてくれてたんだよね」
 咲の顔がうつむいた。表情を無くし、眼差しが不安定に揺れる。
「ち、違うよ」
 否定の言葉が口を突くが、顔を上げられない。
 “大空の樹”に預けた背がずるりと滑った。足元がぐらつくような錯覚を覚える。
「ごめん……仁美」
 口がそう勝手に動いた。
 きっかけは、仁美に「かわいい」と褒められた事。今までずっと「男の子みたい」と言われ続け
てきた咲にとって、彼女のその一言はすごく嬉しかった。二人っきりの時はいつも以上に体の
距離を縮めるようになって、服の上からのスキンシップが、服の中へと移行してきても、仁美だ
ったら許せた。
 つい最近まで続けてきたそんな関係が、ずっと昔のことのように思い出せてしまう。
 今は、舞の笑顔を一番まぶしく思う。
「……女の子同士で好きになっても変じゃないってこと、仁美があたしに教えてくれたから……
そうじゃなかったら、舞に対してこんな気持ちになるなんて事、絶対になかったと思う」
「そう思ってるんだったら、わたしにマジ感謝してよ。わたしのおかげで、美翔さんみたいな綺麗
な女の子を好きになれたんだからさぁ」
 仁美が咲の横に並んで、着衣の乱れを直してやりながら言った。
「それで、美翔さんには……やっぱ、まだ告白してないか」
 頷く代わりに、咲はその場にしゃがみ込んだ。仁美がその隣にゆっくりとしゃがみ込む。そし
て、遠くを眺めるように目を細めた。
「咲を好きになって、咲の事いっぱい分かるようになって……咲がどんどん美翔さんを好きにな
っていくのに気付いちゃって……」
 地面に視線を落としている咲に目をやって、仁美が吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「わたしね、マジ怖かったんだ。いつか、咲の口から告げられるのを。だから自分で……ね」
 “大空の樹”の落とす陰と、夜に染まり始めた空の暗さが溶け合っていく中で、二人の少女
は、ずっと膝を抱えたまましゃがみ込んでいた。
「ねえ、咲……」
「ん…?」
「もう帰らないと。……マジ叱られちゃうよ?」
「うん…」
「あんまり遅くなると、変質者とかに襲われちゃうよ?」
「そうだね…」
 咲は、ぼんやりと返事を返すばかりだ。
 仁美が、咲の方を見ずに訊ねる。
「……咲、もしかして帰りたくない?」
「……」
 咲は何も言わなかった。けど、仁美の視界の外で、咲は黙って頷いてくれた……そんな気が
した。
「咲……」
 たったひとつだけ……。仁美を突き動かした咲への想いは、たったひとつだけだった。
 仁美が立って、咲の手を強く引く。
(仁美…)
 引っ張り上げられるのではなく、咲は自分から立ち上がった。
 立った途端、咲のカラダがいきなり“大空の樹”に押さえつけられて、前触れもなく乱暴に唇を
奪われた。
(――ンン゛ッ!)
 思わず洩らしそうになった悲鳴を、すんでの所で呑みこんだ。そんな咲の唇を、仁美は荒々
しいキスで何度もむさぼった。口の端から漏れた唾液が、咲の顎を汚す。
(仁美…ッ!)
 咲がギュッと目を閉じて耐える。
 まだまだ、噛み付くような勢いで、仁美が唇を押し付けてくる。気が付くと、舌をねじ込まれ
て、口の中を舐め回されていた。仁美の激しい雰囲気に呑まれた咲の背を、ゾクッ…と冷たい
汗が伝った。
(こんなの嫌ッ!!)
 その言葉を、必死で喉の奥に押し殺す。後ろ手に樹の幹に指を食い込ませ、微かに両腕が
震えているのを押さえ込もうとした。
 仁美の手で、スカートがバッとめくり上げられる。その手付きには、いつもの優しさは露ほども
感じられなかった。
 下半身を無防備にされて、咲は初めて仁美の前でコワイと感じた。
 濡れたショーツの中に、仁美が手を強引に差し入れてきた。咲の大切な部分が、直にさわら
れる。
「うぅっ!」
 舌を絡め取られた口が、大きなうめき声を上げる。
 仁美に教えてもらうまでは、快感を全く知らなかった無垢な場所。恥丘の上に茂る陰毛も、ま
だ産毛のように細く、柔らかだ。
 仁美が手の平で濡れた陰毛のざらつく感触を愉しみながら、すらりと細い指を伸ばして、秘
所の割れ目に滑らせる。ショーツの中をベッタリとぬめらせている愛液を潤滑油にして、仁美
の指が、何度も股間の割れ目を往復した。
「……うっ……うっ……」
 咲は口をキスで塞がれたまま、仁美の指の動きに合わせてうめいた。仁美がより深いキスを
求めて唇を押し付けてくるので、呼吸がしづらい。
(……苦しいよぉ)
 意識の片隅でそう呟くも、咲は仁美に対し、決して抵抗の素振りは見せなかった。
 仁美の舌は、飽きることなく咲の口の中を舐め回している。
 もはや自分のモノか仁美のモノか分からないほど混ざり合った唾液が、咲の口の中でかき回
される。むせそうになり、咲がそれを『ごくっ』と音を立てて嚥下すると、興奮を覚えたのか、仁
美がさらに唾液を口に中へ流し込んできた。
(仁美のツバ……ぬるっとしてて温かい……)
 咲の喉がこくこくっ…と上下した。何度も、口の中に仁美のツバが溜まるたび、咲はそれを喉
を鳴らして恍惚と飲み続けた。
(わたしのツバが、どんどん咲のカラダの中に入っていってる……!)
 仁美が、全身をブルブルと震わせて昂ぶる。興奮するにつれて、咲の秘所をいじる指使い
も、稚拙に……荒っぽくなっていく。『チュクチュクチュク…ッ』と淫液の跳ねる音が、はっきりと
二人の耳に届くまでになった。
(そんな乱暴にされたら……!!)
 咲が声に出さずにうめく。
 どんどん火照っていくカラダとは別に、心の中は、少し悲しい。甘美な痺れが秘所を休むこと
なく責め立てるが、それよりも、いつもみたいに『好き』という気持ちを行為に乗せて伝えてほし
い…。
(こんな……無理矢理強引に……ああ゛ッ!)
 咲の理性が、快感に力ずくで組み伏せられる。レイプ的な体感に打ちのめされながらも、淫
らな指戯に悦び悶える自分のカラダが、ひどく汚らわしく思えた。
「んぅっ…うぅぅ…ううっ……くぅっ!?」
 咲のカラダが、ビクンッ!と跳ね悶えた。浅くだが、仁美の指が秘貝を割って、その内側の膣
肉を撫で上げてきた。
 ウブな咲でも、女性にとっての初めてが痛いということぐらいは知っている。
(イヤッ――)
 思わず逃げ出そうとした咲だが、それを制するように、彼女の肩にバンッ!と仁美の手の平
が叩きつけられた。(ヒィッ!)と心の中で声を上げて、咲の心とカラダが一瞬で萎縮した。あと
はもう人形のように、仁美の指で大事な所を弄ばれるだけだった。
(来ないで……来ないで……)
 そう心の中で祈るように呟くだけで、咲には精一杯だった。淫らな蜜にぬめった指は、幾度も
咲の奥へ侵入する気配を見せたが、結局は、諦めたようにその行為は投げ出された。代わり
に、今度は敏感なクリトリスが包皮の上から転がされた。
「ひゃぅっ…」
 仁美と繋がった口から、変な声が洩れる。ねちっこい指つきでクリトリスを嬲られ、既に汗ば
んでいた咲の下半身が、もぞもぞと淫らにうねった。
(だめぇ…そんなとこばっかり集中的に……)
 咲の全身に熱が湧く。仁美の指が触れてないカラダの部分全てが切なくなってきて、発情し
た犬がおねだりするみたいに腰をくねらせた。
(はぁ…はぁ……カラダが……熱いよ…溶けちゃうよ…あぁぁ……あああ゛ぁッ)
 快感に呑まれ、脚が、体を支えられなくなる。ヒザが軽く砕け――ズルッと、樹にもたれてい
た背が滑った。
 仁美はその動作を、咲が逃げ出そうとした…と誤解した。カッとなり、感情的な行動に出る。
 バンッ! 
 再び、咲の肩に叩きつけられた手の平。快感に溺れていた咲の意識が一瞬で醒める。意味
が分からず驚いている咲の肩に、仁美の指が固く食い込んできた。
「うむぅーっ!?」
(――痛いっっ!!)
 くぐもったうめき声と共に、思わずガツっ…と口の中に押し入っていた仁美の舌を噛んでしま
った。そして、今度は抵抗した…と誤解される。
 肩を掴んでいた仁美の手が素早く咲のおとがいを力任せに掴み、強引に口を開かせた。
「むぐっ…!」
 苦しげな咲のうめき声を、乱暴なディープキスで押し潰す。
『…ぢゅく…ぢゅるる……ぢゅぢゅっ……』
 ねちっこい音が、二人の口から洩れる。仁美の舌が咲の舌に対して、唾液まみれの陵辱を
たっぷりと行った。
『…ぢゅるぅぅ』
 激しい吸引。自分の口の中に引きずり出した咲の舌を、ガツガツと歯を立てて咀嚼する。ケ
ダモノじみた行為に、咲が目を見開いて、白黒とさせた。
「んうっ!?」
 たった14歳の少女が体験するには、あまりにも酷な行為。
 瞳を潤ますのは、悲痛な色の涙。だが、咲はその涙を流すことなく、再び両目を閉じた。
 仁美が、ここまで激しくする気持ちが分かる。
――仁美には、もう今日しかないから。
 本当は……コワイ。けど、今日だけは仁美のものでいてあげたい。
 咲が健気に、仁美へと全身を預ける。
『ピチュピチュピチュピチュピチュ……』
 いやらしい滴(しずく)が跳ね回る音。ショーツの中で動く仁美の指使いは激しさを増してい
た。
「――んんぅっ」
 咲が眉間にシワを寄せ、悩ましく耐える。今度こそ仁美に誤解されないように、脚をガクガク
させながらも、ヒザを崩さずに立ち続ける。
 舌は嬲られるに任せ、仁美が流し込んでくる唾液を、時には噎(む)せ込みながらも懸命に飲
み干す。
(ああっ――ッ!)
 ビビクぅッ!!
 咲の腰がぶるるッ!と跳ねた。
(もうあたし……仁美ぃぃっ!)
 仁美の体に、咲がしがみつく。全身に走る小刻みな痙攣。頭の中が、白く塗りつぶされてい
く。
「んっ! ……ううぅ…うううぅぅ――――ッ!!」
 仁美に口を委ねながら、咲は長い絶頂のうめきを吐き出した。一瞬の意識の空白の後、体
表に噴き出す汗の下で、快楽の信号が全身を駆け巡っているの感じた。
 イカされた咲も、イカせた仁美も、二人して荒く息をついた。
(お…終わった……)
 そう思った咲の舌に、軟らかいモノがヌメっ…と触れてきた。仁美の舌だ。絶頂の余韻でだら
りと力を無くした咲の舌に、ゆっくりと絡ませてくる。
(……えっ。うそっ、まだ続けるの……?)
 また乱暴に扱われるのかと思うと、咲はほんの少しだけゾッとした。
 だが、仁美は舌を絡め合う以上は何もせずに、咲のショーツから愛液まみれになった右手を
引き抜いた。
 溶け合っていた二つの唇が、ねっとりと唾液の糸を引きながら離れる。
 ようやく唇を解放されても、咲は目を瞑ったままだった。瞳に怯えが走っているのを、仁美に
見られたくなかった。
 仁美の左手が、咲の頬に触れる。ビクッと咲の体が震えた。
 仁美が頬から手を離して、優しく訊く。
「乱暴にイカせたから――こわかった?」
「ぜ、ぜんぜんっ」
 咲がぶんぶんと首を横に振った。目を閉じているのに、なぜか仁美の表情が見えてしまう。
 あたし、全然平気だから。仁美……そんなツラそうな表情しないでっっ!
 仁美の顔がまた近づいてきた。今にも咲の唇に重なりそうな距離で、その動きが止まる。
「咲……ゴメンね」
 仁美の唇が震えて、その一言を重く紡ぎ出した。そして、もう一言は声に出さずに心の中で呟
いた。
(ずっと咲と一緒に居たかったな……)
 しかし、幾度も行為を通じて心を重ねあった二人だったから、その言葉は咲の胸の奥に届い
てしまった。
 咲の瞼の裏に、涙が溢れてきた。ポロポロと頬を伝い落ちる。
「なんでだろ……。仁美の気持ち……ちゃんと分かってたのに……。仁美はいつもいっぱい優
しくしてくれたのに……。あたし……なんで舞のこと好きになっちゃったんだろ……」
 仁美が咲と頬を重ねて、「いいよ…」と呟く。優しく左手で咲の頭を撫でて、涙をこぼし続ける
彼女をあやす。
 だんだんと落ち着いてきた所で、仁美が咲の肩を抱きながら、自転車の方へと連れて行って
あげた。
「ほら、もう空真っ暗。早く帰らないとマジヤバイ――咲、ちゃんと自転車乗って帰れそう?」
 咲が鼻をすすりながらこくんと頷くのを見て、自転車に乗るのを手伝ってやる。
「あ、そうだ」
 ほんの少し嗚咽の交じった言葉と共に、咲が自転車のカゴの中に入れておいた紙袋を手に
取った。
「これ、ウチで焼いたパン。いつもしてくれるお礼にと思って…」
 仁美が「ありがと」と受け取る。
 咲が自転車のスタンドを倒して、ペダルに片足を載せる。その背に、仁美が声をかけた。
「あのさ、咲。ひとつだけ……お願いしていいかな」
 気恥ずかしそうに笑って、仁美が続けた。
「美翔さんとは、絶対に上手くやって。……でないと、わたしがマジみじめになっちゃうから」
「…うん」
「応援……するよ」
 ぽんっと軽く咲の肩を叩く。
「じゃあね、咲、また明日」
「おやすみ、仁美」
 涙で濡れた笑顔で、咲が瞳と視線を合わせた。仁美が頷いてやると、咲はしっかりと力のこ
もった足でペダルをこぎ始めた。
「…………」
 遠くなっていく咲の背中を、じっと見送る。仁美の表情は、とても穏やかだった。
 咲の姿が完全に見えなくなってから、ふぅ〜っと仁美が息をついた。
「マジ失恋……しちゃったなぁ」
 パンの入った紙袋に目を落としながら、力無く笑う。
(……わたしも帰ろ)
 自分の自転車へと一歩を踏み出した時、突然視界がぼやけた。パンの紙袋に、ボタ…ボタ
…と大粒の涙が降った。
「うッ…」
 何かを噛み殺すようにうめく。同時に足がよろけた。膝に力が入らず、地面へと体が投げ出
される。
 立ち上がれないまま、咲の代わりに、紙袋をギュッと抱き締めた。
「うぅぅ…ううッ……うわあああああああああああッッ!!」
 とめどなく溢れる涙が土を泥に変え、仁美の頬をベッタリと汚す。かまわず仁美は感情の爆
発に任せて泣き叫んだ。
「咲ぃぃぃッ……うわああああああああああッッ!!」

 翌日、仁美は学校を休んだ。

 そして、その次の日の朝。
「おっはよーッ!」
 いつもより随分と早く登校している咲の後姿を見つけ、仁美がカバンを持ってない方の手を
振り上げてダッシュをかけた。
「…えっ?」
 振り向いた咲の背に、バシーン!と勢いよく手の平が叩きつけられた。
「いっ!?」
 目を白黒とさせる咲にお構いなく、横に並んだ仁美が何事もなかったように、
「昨日、電話ありがとね。心配してくれて……」
 と、続けた。
「……仁美〜〜」
 結構派手な音がしたから、かなり痛かったのだろう。猫背になりながら叩かれた部分をさすっ
ている咲に、仁美が顔を近づけてささやく。
「……で、マジ昨日どうだった? 美翔さんとはもうエッチなことした?」
 途端に咲が顔を真っ赤にして、さっきとは別の意味で目を白黒とさせた。
「ちょ…っ、こんな所で変な事言わないでよっ」
 二人の会話が聞こえる範囲内に他の生徒はいないが、それでも咲はあたふたと周りを見回
してしまう。
 咲を眺めつつ、くくく…と仁美が笑う。
 そして二人は、肩を並べて校門をくぐった。
 しばしの無言を挟んだあと、仁美の拳がトスっ…と咲の脇腹を小突いた。
 仁美への申し訳なさから、いたたまれない表情になっていた咲が、ハッとして顔を上げた。
「咲の暗い顔はマジ勘弁」
 仁美が爽やかに笑う。
「だからさ――笑ってよ、咲」

 空は、とても清々しく晴れ渡っていた。
 降り注ぐ太陽の光を、“大空の樹”は葉の繁りで濾過(ろか)し、
 かつて二人の少女が愛し合った場所に、優しい木漏れ日を落とした。


(END)